茶の湯に於ける感覚器官の考察
「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。」とは、『陰翳礼讃』で著した谷崎潤一郎の光に関する考えです。
五感とは、アリストテレスが初めて分類したものですが、実に七つ以上の感覚があります。
視覚は、目。
可視光を物理的入力とした感覚で、色、形、運動、奥行きなど認識します。
聴覚は、耳。
音を物理的入力とした感覚で、音の強弱、音高、音色、音源、言語などを認識します。
嗅覚は、鼻。
鼻腔の奥にある嗅細胞の嗅覚受容体により、化学物質を物理的入力とした感覚です。
味覚は、舌。
化学物質を物理的入力とした感覚で、甘味、酸味、塩味、苦味、旨味を認識します。
触覚は、皮膚。
圧力を物理的入力とした感覚です。
第六感は、超常現象、超能力となります。
精神物理学に、ヴェーバー・フェヒナーの法則があります。
R = klogS 心理的な感覚量(心理量); R, 物理的な刺激の量(物理量); S, 感覚定数; k
物理的な刺激の量が大きくなると、そこからの変化を感じにくくなります。
光量の場合、暗から明、明から暗の変化に比べ、明から更なる明は大きな変化でないと分からりません。
電気のなかった時代、陰翳を感覚的に捉えることは、理に適ったものでした。
生理学・薬理学では、受容体が飽和したり、感作したりして、ある程度以上は感じなくなりますので、限度があります。
目の網膜で感知できる光の波長、耳で感知できる音の振動数などは限定的です。
茶の湯での五感の作用点には、以下のようなものがあります。
視覚は、人物、茶室、道具、所作、懐石、陰翳など。
聴覚は、会話、所作、松籟、水、銅鑼、喚鐘など。
嗅覚は、抹茶、お香、懐石など。
味覚は、抹茶、菓子、懐石など。
触覚は、道具、風、水、空気、温度など。
茶室の窓には、下地窓、連子窓、突上窓という種類があり、配置には風炉先窓、色紙窓があります。
茶事では、陽である後座は突上窓を一段と高く開けたり、簾を取り外したりして室内を明るくします。
暁の茶事、朝茶事では、日の出と共に始まり、黎明が徐々に明けていきます。
夜咄の茶事では、行灯、灯籠、手燭が織りなす陰翳があります。
結論としては、茶の湯では人体の持つ五感を最大限に活用しています。
視覚に於ける所作、聴覚に於ける会話、味覚に於ける抹茶・菓子、触覚に於ける暑さ・寒さは分かり易いです。
なかでも、陰翳に関しては、茶室の窓の採光や茶事の趣向などに特筆した工夫が見られます。
照明のなかった時代に於いて光に対する関心は現代とは比べものにならなったと想像されますが、これが茶の湯では効果的に採り入れられています。