柳営御物
徳川将軍家の所有していたコレクションは柳営御物と呼ばれています。
かつて、中国において匈奴を討つために前漢の将軍である周亜夫が細柳という地に敷いた陣営で、厳格な軍律が守られました。
このことを文帝が賞賛したということが『漢書』周勃伝に書かれています。
この故事に因んで、柳営とは将軍の陣営や幕府を指します。
更に、これが転じて、将軍や将軍家を指すようになりました。
柳営御物は、徳川家康自身の塊集したものに加えて、献上品も含まれています。
更に、3代将軍の家光が拡充しました。
大名物である珠光文琳(天王寺屋文琳)は、村田珠光、津田宗及、織田信長、袴田内匠と伝わり、更に、細川三斉が徳川家に献上しました。
御本手とは、桃山時代から江戸時代初期にかけて朝鮮の釜山に見本を送って焼かせた焼き物で、御本茶碗とも言います。
御本手といえば、赤い斑点状の模様が特徴的です。
家光が描いた立鶴を下絵として、小堀遠州が茶碗の形を決めた御手本を参考にして、「御本立鶴茶碗」が焼かれたのです。
柳営御物は、幕末の江戸城無血開城の際に上野寛永寺に移されました。
しかし、彰義隊の戦火に巻き込まれて消失または散逸してしまいました。
ところが、昭和初期に、細川家16代護立が細川家の宝物庫にあるのを見付けたそうです。
現在、德川宗家、及び、武家茶道の四流派の協力の下、柳営茶会が護国寺で行われています。
機会があれば参加されてみてはどうでしょうか。


