経営の神様

松下幸之助は、明治27年(1894年)生まれの実業家で、パナソニック(旧松下電器)の創業者で、経営の神様と言われた人物です。

 

「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。併せて電気器具もつくっております。 こうお答えしなさい。」
このように従業員に話していたことからも分かるように、経営の神様と言われるだけの人格者です。

 

松下と茶の湯との出会いは、昭和12年(1937年)、氏が42歳の際、田中車輌の社長であった田中太介の萬里荘で行われた茶会においてでした。
このとき、松下は正客になったようですが、まったく茶の湯の心得がなかったため、連客の前で恥をかいたのでした。

 

これをきっかけに、松下は、田中氏により紹介された大阪茶道会理事長・矢野宗粋に茶道を習い、京都の茶道具商・善田喜一郎に道具を世話してもらいました。

 

それから僅か二年後の昭和14年(1939年)には、完成した西宮の自宅「光雲荘」の茶室「光雲」の茶席開きに、裏千家14代家元・淡々斎宗匠夫妻をお招きするまでになったのでした。
松下を惹き付けるものが茶の湯にあったということです。
つまり、こころを育てると考えたようです。

 

真松庵、豊松庵、紅松庵、鈴松庵、松籟庵、宝松庵、松寿庵、和松庵、という松の字を冠した茶室を全国各地に寄贈しています。

 

四十の手習いという言葉がありますが、心掛け次第で、いかようにもなる、ということを松下幸之助が示されたのでした。

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