無事是貴人

無事是貴人(ぶじこれきにん)は、年の瀬によく茶席に掛けられる文言です。

特に、年の瀬でなくとも、臨機応変な使い方でできると思われます。

一年を無事に過ごすことができたことに感謝する意味合いとなっています。

それと同時に、来年も今年と同じように無事に過ごすことを祈念しています。

この文言の出典は、臨済宗開祖である唐代の臨済義玄の言行録となる『臨済録』に因ります。

「無事是貴人。但莫造作、祇是平常。爾擬向外傍家求過、覓脚手。錯了也」

(無事是れ貴人、但だ造作すること莫れ、祗だ是れ平常なり。爾、外に向かって傍家に求過して、脚手を覓めんと擬す。錯り了れり)

従って、これによれば、自己の外に求めすぎることがなくなることで、心安らかになることが無事であるということになります。

つまり煩悩によって心が乱されることのない状態でいることが、本当の貴いあり方なのです。

こうしてみると、この文言の書かれた軸を目の前にすると、今までと感じ方が変わってくるようです。

さて、一年を振り返ると人それぞれ、いろいろなことがあったと思いますが、こうして今年も無事に終わろうとしています。

来年はどのような年になるでしょうか。

それは己自身のあり方次第かもしれません。


『大河の一滴』 五木寛之

「最近では、人間の値打ちというものは、生きているーーこの世に生まれて、とにかく生きつづけ、今日まで生きている、そのことにまずあるのであって、生きている人間が何事を成し遂げてきたか、という人生の収支決算は、それはそれで、二番目ぐらいに大事に考えていいのではなかろうか、と思うようになりました。」

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