看々臘月尽
看々臘月尽(みよみよ ろうげつ つく、みよみよ ろうげつ つきるを)は、12月によく茶席に掛けられる文言です。
というのも、臘月とは陰暦12月のことを指しているからです。
一年が早く過ぎてゆき、もう年の暮れになろうとしている、ぐずぐずしている場合ではない、ということです。
明覺禪師(980年-1052年)の『續燈録』が出典となっています。
「問。如何是教外別傳一句。師云。看看臘月盡。」
(問う、如何なるか是れ教外別伝の一句。師云く、看よ看よ臘月尽く。)
そして、虚堂智愚禅師(1185年-1269年)の『虚堂録』巻一にも見られます。
「香林因僧問。萬頃荒田是誰為主。林云。看看臘月盡。師云。香林雖能坐致太平。要且不通物義。」
(香林、因みに僧問う、萬頃の荒田、是れ誰を主と為す。林云う、看よ看よ臘月尽く。師云く、香林、能く坐し太平に致すと雖も、要且物義に通ぜず。)
あまりに難しいことに思い悩んでいると、時間が過ぎ去って、取り返しのつかないことになってしまいます。
物事の本質を捉えた上で、それが世のためになることが理想です。
人生にも限りがありますが、いたずらに過ごして無為に年を取ると、これも取り返しがつきません。
他方、あまりにも形而上的なことに身を捧げるのも、結局、難解な数学の定理の証明に挑んだ多くの数学者のように、取り返しがつかないということになるかもしれません。
なかなか、難しいものです。