宙宝宗宇

宙宝宗宇(ちゅうほうそうう)は、宝暦10年(1760年)に京都に生まれ、天保9年(1838年)に亡くなりました。

宙宝は道号、宗宇は法諱で、号は洛陽人、松月老人、一獃、松月叟、破睡などがあります。

大徳寺406世の則道宗軌の法嗣となります。

文化4年(1807年)年、大徳寺418世に就任しました。

文化5年(1808年)年、品川にある東海寺の輪番を勤めました。

 

そして、大徳寺塔頭である芳春院の13世住職となりました。

芳春院とは、前田利家の正室である「まつ」が出家したときの号でもあります。

実際、この芳春院は、まつが慶長13年(1608年)に建立したものです。

しかしながら、住職になった挨拶を加賀にしに行った際に、芳春院が焼けてしまいました。

この芳春院のみならず、その他の庵も復興に尽力しました。

前田家11代治脩は、宙宝宗宇とともに芳春院を再興しています。

 

やがて、文政1年(1818年)、松月軒に隠居して茶の湯三昧の生活を送りました。

 

最晩年の天保7年(1836年)に、仁孝天皇より大光真照禅師の号を賜わりました。

 

また、表千家10代家元である吸江斎宗左の参禅の師でもあります。

 

宙宝宗宇は歴代住持中の名筆として多くの書を残しています。

茶席でその軸が掛けられることがあれば、その書をご堪能ください。

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