岡倉天心
『茶の本』を著した岡倉天心は、文久2年(1863年)に横浜で生まれ、大正2年(1913年)に亡くなりました。
当時、廃仏毀釈に見られるように明治維新により、日本の古いものの価値が過小評価され、西洋列強の新しいものが価値のあるものであるという風潮でした。
茶の湯も大名などの後ろ盾を失い、厳しい時期となっていました。
これを改めようとしたのが、岡倉天心なのです。
フェノロサとともに仏像を見て回り、廃仏毀釈による仏像の悲惨な破壊状況を知りました。
その後、仏像を始めとする日本文化の保護と復興を行いました。
明治22年(1889年)に、東京美術学校を創立しました。
そして、明治37年(1904年)に、ボストン美術館の中国・日本美術部に迎えられました。
1906年に英文で『茶の本』(’The Book of Tea’)を著し、世界に向けて日本文化を紹介しました。
その著書の中には、「俗事中の俗事たる茶を飲む行為のようなごく日常的な営みを、究極の芸術であり宗教ととらえる日本独特の世界観」という記述があります。
茶の湯というものをよく言い得ていると思われます。
岡倉天心の功績により、現在でも日本の文化が維持されることになりました。
お茶を飲みながら、そのことを考えてみてはいかがでしょうか。


