2016年2月27日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 日記 紀州徳川家の御庭焼 清寧軒焼 御庭焼とは、江戸時代に、藩主などが城内や邸内で、窯を築いて陶工に焼かせた焼き物のことだということは宜しいでしょうか。 偕楽園焼は、紀州藩第11代藩主の徳川斉順が、別邸湊御殿の清寧軒で焼かせたものです。 これ […]
2016年2月26日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 日記 紀州徳川家の御庭焼 偕楽園焼 御庭焼とは、江戸時代に、藩主などが城内や邸内で、窯を築いて陶工に焼かせた焼き物のことです。 紀州徳川家の偕楽園焼、尾張徳川家の御深井(おふけ)焼、備前池田藩の後楽園焼などが有名です。 楽家10 […]
2016年2月25日 / 最終更新日 : 2017年6月18日 sehbi-an 日記 茶神 手元にある楽家10代の旦入作の赤楽蓋置には、 「茶神」と書かれており、その字の上に釉薬が掛けられていることから、後から書き加えたものではなく、制作時に書かれた字であることが分かります。 それでは、茶神とはい […]
2016年2月24日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 人物 経営の神様 松下幸之助は、明治27年(1894年)生まれの実業家で、パナソニック(旧松下電器)の創業者で、経営の神様と言われた人物です。 「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。併 […]
2016年2月23日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 建築 市中の山居 市中の山居とは、戦国時代に京や堺などの裕福な町衆の作った草庵を比喩的に呼び慣わしたもので、文字通り町中にいながらあたかも山の中に居るような心持ちを抱かせる場所のことです。 当時は、室町幕府という権力が失墜して、下克上、戦 […]
2016年2月22日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 日記 奈良時代には、既にクールジャパン エズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で、日本の高度成長が非常に評価されていますが、いわゆる、バブル景気が弾けてから、日本は、自信を失って、あまり元気がないようです。 デペイズマンとは方向感 […]
2016年2月21日 / 最終更新日 : 2017年6月3日 sehbi-an 借景 借景 奈良公園 奈良公園 堀辰雄 『信濃路・大和路』 三月堂の金堂にて 月光菩薩像。そのまえにじっと立っていると、いましがたまで木の葉のように散らばっていたさまざまな思念ごとそっくり、その白みがかった光の中に吸いこまれてゆくような気もち […]
2016年2月19日 / 最終更新日 : 2016年5月17日 sehbi-an 日記 雨水 今日は、二十四節気の第二となる雨水(うすい)です。 茶の湯は、季節と密接な関わりを持っており、露地、床の花、道具組、着物、菓子、開催時刻などはまさに季節を体現しています。 二十四節気は重要な指標のひとつとな […]
2016年2月17日 / 最終更新日 : 2021年11月22日 sehbi-an 掛け物・禅語 本来無一物 「掛物ほど第一の道具ハなし、客・亭主共ニ茶の湯三昧の一心得道の物也、墨跡を第一とす、其文句の心をうやまひ、筆者・道人・祖師の徳を賞翫する也」 これは、『南方録』という千利休の侘び茶の思想を記した書物の中に書かれているもの […]
2016年2月16日 / 最終更新日 : 2016年7月9日 sehbi-an 建築 されば、茶室造営の実践 茶の湯での人の動線を考えた場合、そして、実生活での使用を考えた場合、広すぎず、狭すぎず、京間四畳半が最も適したサイズだと言えます。 そこで、裏千家の四畳半茶室である又隠がとても参考になります。 ・根岸照彦著、『自慢できる […]