松風有清音
松風有清音(しょうふうせいおんあり)は、季節を問わず、茶席に掛けられるものです。
松林の間を抜き抜ける風によって梢が揺らされたりして生じる音は、心も揺らしてとても癒されます。
松は常緑樹であるため、その音は絶えることはありません。
このような普遍性を備えて物事に対峙することが大事であると考えられます。
出典は分かりませんが、西晋の左思の「招隠詩」という漢詩に、非必絲與竹 山水有清音、という詩句があります。
ところで、針葉樹は風で傾いたとしても、垂直方向に伸びていくようなホルモンが分泌されます。
その結果、傾いた側の年輪が広く、その反対側の年輪が狭くなって成長し、上部は垂直を保つのです。
厳しい自然の中で生きる逞しさを感じます。
茶の湯の世界では、松風は釜の煮え立つ音の象徴でもあります。
つまり、茶室に居ながら自然の松風を感じることができるのです。
そして、その音は茶の湯と関わる限り、常に存在しています。
楽しみながら茶の湯を続けて欲しいと思います。
今の時分の爽やかな風が松林の間を抜けていく音は清々しいものです。
その音を体感するために出掛けてみるのもよいでしょう。
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
二
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
三
からまつの林の奥も
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。
四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
五
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり、
からまつとささやきにけり。
六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに。
七
からまつの林の雨は
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
八
世の中よ、あはれなりけり。
常なれどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
『水墨集』、「落葉松」、北原白秋