小島漆壺斎

初代小島漆壺斎(しっこさい)は、宝暦11年(1761年)に生まれ、文化13年(1816年)に亡くなった塗師です。

 

京都の塗り師であった初代小島清兵衛は寛永16年(1639年)から、松平直政公が信州松本より出雲に転封したのに伴い、塗師の棟梁として松江藩に仕えました。

 

やがて、5代小島清兵衛は、松平不昧公に従って江戸に出て、お好みの茶道具を制作しました。

この際、原羊遊斎に師事して蒔絵を習得しています。

狩野伊川院栄信の下絵による粉溜秋野棗が不昧公に気に入られ、漆壺斎の号を賜わりました。

蓋に三日月、身には桔梗、藤袴、野菊、女郎花、薄の蒔絵が施されたこの作品は『雲州蔵帳』下之部に記載され、現在、絲原記念館に収蔵されているようです。

 

以後、漆壺斎を名乗るようになっています。

3代漆壺斎まで松江藩のお抱えでしたが、小島漆壺斎は代々塗師として作品を松江で造り続けています。

5代漆壺斎は、東京美術学校に入学し、辻村松華に師事しました。

現在は7代目漆壺斎である小島史暉が活躍しています。

そして、その娘である小島ゆりが父親に師事しています。

 

1日うるし塗り体験ワークショップというものが開催されているようです。

それ以外にも漆塗り教室があるので、参加されるのもよいでしょう。

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