文化伝承の手段的潜在性の考察

「Παντα ρει」はヘラクレイトス(BC 6- BC 5C)の言葉で万物は流転する(パンタ レイ)、ということです。

 

進化論は、英国のチャールズ・ダーウィンが18世紀に提唱しましたが、それは、生殖細胞の遺伝子に生じた塩基配列の変異だけが複製されて次世代に継承されますが、自然淘汰に遭う、ということです。

 

しかし、分子生物学の発展で、ゲノムのDNA配列とは別に、いわゆるエピジェネティクスという動的な仕組みにより、遺伝子発現が制御されていることが分かってきました。
そして、ラマルクの説く獲得形質が遺伝することも実証され、進化論が再定義されつつあります。

 

それでは、セントラルドクマとは、DNAは自己を複製する一方、転写されたRNAはタンパク質に翻訳されることで、DNA → RNA → タンパク質、という流れがあります。

 

遺伝子の実態はDNAで、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の四塩基・糖・リン酸が連なったものです。
そして、転写されたRNAの塩基の三つ組みのコドンが、二十種中の一つのアミノ酸や翻訳の停止を規定しています。

 

さて、原始的な文字として、インカでは紐の結び目で数などの情報を伝えましたが、ラスコーのような壁画という手段もあります。

 

文化とは、人類が自らの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体であると考えることができます。
サルの芋洗いには、集団によって行動の違いがあり、文化と言えます。
つまり、文化の成立には文字は必ずしも必要ではなく、口伝や伝世品としてその文化が維持・継承され得ます。

 

文明とは、人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態であると考えることができます。
脳の記憶は自己の一世代的ですが、音声の言葉や仕草は周辺の数世代に、文字は更に先の世代に伝わります。
楔形文字は、メソポタミア文明で発明された人類初の文字ですが、解読されて現在人にも理解されます。
言葉を得た人類は脳を発達させ、文字の発明で、時間と空間を越えた情報伝達を可能としました。
従って、当該時代の文化が積み重なって発達したものが文明であると言えます。

 

文化の形成と継承に於いて、人類の文化は単純なものではなく、サブカルチャー的なものが文化として定着するまでに時間が必要になります。
そして、複雑な人間事象にあっては、滅びの危機に常に晒されており、その継承には意志や活力が必要となります。

 

加賀藩には、1646年頃以前から1867年までの間、「御細工所」と呼ばれる部署が存在しました。
江戸時代に武断政治から文治政治へ移行するに当たり、文化の断絶の危機が生じました。
つまり、武具などは需要が急激に減少し、職人の数もそれに伴って減っていったのです。
御細工奉行の有澤武貞(1725-1734年就任)は技術の断絶を危惧して、武具甲冑の職人を御細工人として召し抱えるように進言したが受け入れられませんでした。
その後、天明五年(1785年)に春田細工・具足細工・刀鍛冶細工が町方の職人から御細工人に登用され、藩営工房の御細工所で、町方の職人を御細工人として召し抱えて技術を継承したのでした。

 

茶の湯は、日本文化の代表的なものです。
意識、精神、価値観、伝統、歴史、技術、美術品などを後世に伝えてきています。
それには、千家の求心力と、同門の一体感が茶の湯というDNAの継承に重要であると思われます。

 

結論としては、生物の先天的形質は、生化物学的なDNAの自己複製で次世代に伝えられていきますが、文化は後天的で自己複製能力を欠き、絶滅や衰退の危機に晒されます。故に、その担い手の人類は意志や活力を持って継承や発展を企図する必要があります。
代表的な日本文化の茶の湯は、日本人の精神・価値観・伝統・技術、美術品などを伝えてきましたが、千家の求心力と同門の一体感は継承や発展に益々重要となるのではないでしょうか。

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