落語 茶の湯

茶の湯は、初期は、書院の茶でしたが、やがて、草庵での侘び茶が成立し、限られた上級階級の嗜みであった茶の湯が、北野大茶会のように、身分にとらわれずに広まっていきます。

 

そして、元禄年間(1688-1704年)以降、経済発展により江戸などの都市文化が発達し、茶の湯人口が増え、町人も茶の湯に親しむよう
になりました。
これに際し、七事式を制定して増加した門人の稽古を効率よくできるようにしたりして、家元制が確立していったのです。

 

こうして、茶の湯が落語の題材となるほど、茶の湯が浸透していきました。

 

その名も「茶の湯」という演目の落語があります。

 

この話の中で、抹茶が、青黄な粉となり、袱紗が、雑巾となり、茶杓が耳かきとなり、茶筅がお茶箒と呼ばれ、薄茶の泡が椋(むく)の皮
という石けんのようなものから作られます。
お菓子は、サツマイモを蜜で練ったものが型から抜けないので、行灯のともし油を塗って取り出しやすくして作ったものを利休饅頭と称して出しました。

 

しかし、椋の皮の入ったお茶と、ともし油の塗られた利休饅頭を口にした者は、体の調子がよくなく、誰もお茶を飲みに来なくなりました。

 

このような茶道具のずれは、茶の湯の知識がないと、その面白さが理解されません。

 

早速、寄席に行って、茶の湯を楽しまれてはいかがでしょうか。

その後、実際の茶の湯を楽しむこともよいのではありませんか。

落語名人会(32)茶の湯

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