奈良時代には、既にクールジャパン

エズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で、日本の高度成長が非常に評価されていますが、いわゆる、バブル景気が弾けてから、日本は、自信を失って、あまり元気がないようです。

 

デペイズマンとは方向感覚の喪失のことです。
シュールリアリズムを創出したアンドレ・ブルトンは、ロートレアモンの有名な一節をデペイズマンと称しました。
これは、意表を突く言葉を組み合わせた表現のことです。
ところが、それよりもっと前に日本の『万葉集』でその表現が試されていたのでした。
もっと日本文化に誇りを持とうではありませんか。

 

日本の総合芸術である茶の湯という文化を学ぶことは、日本人のアイデンティティの形成に繋がることになります。
ですので、皆様も茶の湯を通じて日本文化に大いに触れてください。

Je me connais à lire l’âge dans les lignes physiognomoniques du front: il a seize ans et quatre mois! Il est beau comme la rétractilité des serres des oiseaux rapaces; ou encore, comme l’incertitude des mouvements musculaires dans les plaies des parties molles de la région cervicale postérieure; ou plutôt, comme ce piége à rats perpétuel, toujours retendu par l’animal pris, qui peut prendre seul des rongeurs indéfiniment, et fonctionner même caché sous la paille; et surtout, comme la rencontre
fortuite sur une table de dissection d’une machine à coudre et d’un parapluie! ‘Les Chants de Maldoror (Chant VI-§1) ‘ Lautréamont
(ぼくは、額の骨相学的皺に年齢を読み取ることができる。彼は16才と4ヵ月だ。彼は,猛禽類の爪の、包みこみ締め付ける伸縮自在のように、あるいはまた、柔らかな後頸部の傷口に見える、筋肉の不確かなうごめきのように、さらにはむしろ、藁の下に隠されて機能する、永久運動をするネズミ捕獲器、ケモノを捕らえては仕掛け直され、ただ一個で,際限もなく齧歯類を捕獲する、ネズミ取りのように、そして何よりも、手術台のうえのミシンと雨傘の偶然の出会いのように、すばらしい。)

 

超現実とはその上、一切のものの完璧なデペイズマンに対する、私達の意欲に応じて得られるもの
『百頭女』アンドレ・ブルトン

 

吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
(私の愛しい女の額に生えている、双六の、牡牛の鞍の上のできもの)
吾兄子之 犢鼻爾為流 都夫禮石之 吉野乃山爾 冰魚曾懸有
(うちの人が褌にする丸石の形宜しい吉野山に、小鮎の稚魚めがぶら下がっているわ)
右歌者,舍人親王令侍座曰「或有作無所由之歌人者,賜以錢帛。」
于時大舍人安倍朝臣子祖父乃作斯歌獻上。登時以所募物錢二千文給之也。
『万葉集』巻第十六 三八三八・三八三九

 

Dépaysment est la pert d’un sens de direction. André Breton, qui avait creé le surréalism, a nommé les mots célèbres de Lautréamont “dépaysment”. C’est l’expression par la combinaison de mots inattendus. Cependant, l’expression avait été essayée plus loin que lui dans ‘Manyoshu’ auparavant au Japon. Ayez plus de fiertés vers culture japonaise, s’il vous plaît.

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